|| 表紙 || 置賜さくら回廊とは || 各桜スポット紹介 || || イベント || アクセス ||
|| 伝統芸能紹介 || さくら回廊マップ|| ダウンロード || リンク || お問い合せ ||


白 鷹 町 エ リ ア
  
樹齢800年といわれるエドヒガンザクラの巨木で、その大きさでは現在県内随一である。北側の勝弥桜は樹齢70年、
この桜の子である。 釜の越は地名であり、樹下にある3個の巨石は、八幡太郎義家が西片の三麺峰に居陣したとき
この石でかまどを築き兵糧を炊いたとの伝説がある。地名の「釜」は、この伝説に係わりがあると思われる。
この石に炒り豆を上げて拝むと歯が強くなると言われている。 最近は、樹下の道路舗装を40メールにわたって
掘り返すなどして樹勢回復を図っている。開花時にはライトアップ、地元高玉芝居の公演などの桜まつりで賑わう。
桜の保存活動と桜まつりの様子は平成7年5月 NHKテレビの「新日本探訪」で全国に紹介された。

  

大枝を遠く伸ばし樹冠が辺りを覆った往時の姿は
ないが、隆々とした樹肌のこぶが、よじれながら
起伏する回り8メートルの巨きな幹は、見る人を
圧倒する貫禄がある。
 この桜にも征夷大将軍、坂上田村麻呂にまつ
わる悲恋の伝説が残されている。征夷の戦いに
人の世の哀れを感じた将軍が夜な夜な吹き続ける
笛の調べに引き寄せられた美しい娘が、やがて
将軍の子を宿す。娘は近くの沼に住む大蛇であり、
月満ちて黄金の太刀を産むが、将軍は誤ってその
黄金の太刀で大蛇を切り殺してしまった。
その娘を哀れんで将軍が手植えしたのがこの
薬師桜と言う。






元山口村小学校の跡地で、明治26年当時の校長、
小嶋太栄治氏の厚志による学校基本財産資金で、
子弟の教育向上、充実を目的とした奨学田をつくり、
明治44年10月、小嶋奨学田碑を建立、その記念に
一本桜を植樹したものである。樹齢が88年の時、
山口地区教育のよりどころ、地域づくりの心にと
年次「奨学桜」と命名された。


「十二」は”十二薬師堂”の意の地名
で樹齢400年ほどの老木の古株が残
っている。現在はその3代目が大木
となっている。
さくら回廊での地元おばあちゃんた
ちによる食のおもてなしはこっから始
まった。

十二の桜の売店で食べることがで
きます




国道287号線、長井市と白鷹町との
境より東へ約100m入った段丘地帯
古峰神社下にあり、誰が呼んだの
か殿乃入(戸の入)桜というのがあ
る。確かな文献はないが、文政12年
(西暦1829年)米沢藩主斉定が下長
井方面巡視のおり、ここに立ち寄ら
れたという言い伝えがある。昭和の
初期、桜の季節には地元の茶屋が
店を出し他村からも夜桜見物に訪
れるようになった。



赤坂より旧深山・栃窪街道入り口に位置
し、おそらく古地図にある一里塚がこの
場所か、桜樹の根方に町指定文化財東
潮句碑があり小高い丘になっている。
当地では昔から種蒔き桜として親しまれ
ている。別名で舟つなぎの桜ともいわれ
ている。高玉の薬師桜と樹種も同じ薬師
堂近くにあることから同年代のものとも
考えられる。但し、立地条件が悪く昭和の
初期に桜の南側の工場の火災で半焼し
ている。旧栃窪街道(最上街道ともいう)は
この桜樹の下を通っていたという伝えが
あり急な坂なので、薬師堂と地続きのも
のを堀り割って作った道のため根が張れ
ないとも言われている。





春の苗代の種蒔きの頃に花が咲く
ので種蒔き桜と呼ばれてきた。八
乙女八幡神社の創立は、八幡太郎
義家が東征の折り日頃崇拝する京
都の石清水八幡を遥拝し、この丘
に弓矢を立て奉り8人の乙女に舞
楽を奉させたと言われている。神社
のある丘一帯は、荒砥城址として
史跡に指定され本丸跡、空堀跡、
水跡の一部が残っている。 


南部5町内の原地区小屋館(稲荷)
にしだれ桜の巨木があります。この
桜の由来は南部4町内に建立され
ている塔姿石様に深い関わりがあ
ります。塔姿石の碑面「南無阿弥
陀仏」は、仙台瑞鳳寺の僧南山大
和尚に酒を土産に持参し依頼した
ところ、一気に飲みほし書き終えた
といわれる。帰途仙台の釈迦堂と
いう所から桜の苗木を3本譲り受け
大念仏塔建立の発起人高橋与衛
門氏が植えたといわれている。
このように桜の木と塔姿石が結び
ついた伝説がある。




昔、鮎貝城主本庄様の子息が丈夫な
子供に育たず若死して困っていた。
次に生まれた子供も弱く心配していた。
ある日、一人の童女が訪ねてきてその
人を子守に付け寄せたら子息は丈夫
に育った。子守りを褒めようと殿様は
呼び寄せたがその姿はなく夕方にな
っても戻らず、探しに行ったら丘の上
に草履だけ置いてあった。数日たって
も子守の姿はなく本庄家ではあの子
守は、地蔵菩薩の化身だったのかも
しれないとその場に地蔵堂を建てて
祀った。これが子守堂である。その側
にエドヒガン桜の大樹がある。



Copyright(C)2009 置賜さくら回廊観光推進会議 AllRightsReserved.