
江戸末期から明治初年の頃、現在
の葉山神社の宮司嶽本邦丸氏の
敷地内に、嶽本氏の先祖嶽本竹丸
氏が、白兎地区の全神社を合祀し
た際、記念に植えたもので 「日本
三十三枝垂桜」の1つである。[地図]
●白兎の地名由来と白兎石像建立
約930年前安部貞任宗任と源義家
の戦いで、源氏が安部氏を滅ぼし以
来約330年間この地は荒れ果てた山
であった。
明徳4年(1393年)丹後国(京都の南
西)恵法律師という偉い和尚が羽黒
山に詣でるため、途中現在の五十川
地区四ッ谷の森中の池で砂金で出
来た閻浮檀金(えんぶだこん)の薬師
如来を見つけた。この仏像を捧げて
白狐と白兎に導かれて西山に登り、
平坦な葉山平と農園御田代にお社
を建てて祀った。その道案内を兎が
したことから白兎の地名が出来た。
葉山神社のご神体は閻浮檀金の
薬師如来です。当白兎地区では、白
兎を神のお使い、幸せを招く兎として
大切に扱われ
家畜としての飼育を禁止してきた。
平成11年1月兎年祝賀イベント事業
の一環として特志者により白兎の石
像を葉山神社境内に奉納し、参拝
者をお迎えすることになった。 |

土地改良された田園の小高い丘に
植えられている桜。天生5年(1577年)
平子家の祖先、上杉輝虎の重臣で
武将であった方が、越後(現在の
小千谷市)よりこの地に移り住んだ
時に植えられたものと言い伝えられ
ている。田んぼの真ん中にひっそり
とたたずんでいる趣のある桜となっ
ている。[地図] |

大正4年、現在の外田陽・茂男両医
師の義祖父にあたる修医師が、町の
人々の憩いの場、安らぎと活力の基
とすべく計画をたて長井橋東側一帯
を買い求め、雑木を払って「ソメイヨシ
ノ」が植えられ『外田公園桜』として
親しまれた。 外田山からは、市の全
景が一望でき、堤防に植えられた「千
本桜」も眺めることができ、そのすば
らしい景観は西置賜郡内でも類を見
ない桜の名所となっている。戦争中
の桜の手入れの不十分さと、樹齢が
70年をこえたため老木化しているが、
現在もその美観は失われていない。
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